昔、昔のお話。
長男君が小学校の6年生の時に、学校で親の年齢の話になったらしく、唐突に『おかーさん、何歳?』と、聞いてきたことがあった。
その時、『ハタチ』と、冗談で即答した私。
それに対して殆ど反応がなかったので、そこまで興味がなかったのか‥と思い、こちらもそのままにしていた。
すると、後日、『お母さんが嘘つくから笑われた』と、半分怒っている。(笑)
当時の長男君、まさかの『ハタチ』イコール20歳って分かっていなかったらしい。
しかも、自分の年齢もあまり意識していなかったらしく、
『Mちゃん(長男のこと)が生まれた時、お母さん、8歳だったの?』と、言われて、やっと、おかしいと気がついたという訳。(笑)
思い返せば、私も親の年齢を意識したことがなかったなあ‥。
私の場合、親の年齢を初めて意識したのは、会社員になった時。
やはり、何かの話の流れで、親の年齢の話になり、そういえばいくつだっけ?と、焦って
『母が◯歳の時に私が生まれたと言っていたから‥』と、必死で逆算した記憶がある。
数年前、長男からまた、『おかーさんって何歳?』と、聞かれた。
『松田聖子と同い年。誕生日も数日違いよ。』
『え、松田聖子って、そんなBBAだったの?』
(はい、松田聖子さんも現在立派に還暦です。笑)
昭和の定年退職は55歳だった。
私が勤めていた会社も典型的な昭和の香りがプンプンしていた職場だったので、定年退職といえば、勤務最終日に花束を用意したり、記念品を準備したりした。
その時の私は20代だったこともあり、定年退職者というと、『すごいじーさん』というイメージを持っていたし、実際にじーさんに見えていた。
でも、何度も言うけれど当時は55歳で定年退職。
恐ろしいことに、すっかりその年齢を超えてしまっている私。すごいばーさんだよね(笑)。
先月は、ちょっと心配ごとがあった。
名古屋で弟ファミリーと暮らしている私の父親、1月下旬に94歳になった。
今年に入ってからデイサービスに行き始めたのに、1月は、弟がコロナにかかってしまい、デイサービスは出禁になるし、うつされないように家庭内でスマホで連絡を取り合うような相互隔離状態。
それを乗り越えた弟ファミリー、2月の半ばには日常が戻ったものの今度は、デイサービスでコロナ陽性者が出て、濃厚接触者ではないと言われていたのに、その夜から発熱、しっかり陽性になってしまった。
今度は、義妹にうつさないように、また家庭内でスマホで連絡を取り合う隔離生活。
幸い、熱に強い体質なのか、割と元気で食欲もキープして、ほぼ1週間で回復した。
弟の話では、幸い後遺症もなく、デイサービスも再開したとのことだけど、94歳にとって2度に亘る隔離生活は、老いのスピードをかなり進めてしまった様子。
運動量がガクッと落ちてしまったので、足元はかなりおぼつかなくなってきたらしい。
私は、毎日LINEで様子伺いをするぐらいしか出来なかったが、かつては一言だけでも返信があったのに、もうずっと既読スルー状態で、先日やっと一言返信があったところ。
‥とは言うものの、94歳でコロナを乗り切ったのはあっぱれ。
ただ年齢を考えると、一気に老衰街道まっしぐら‥という日も近そうで怖い。
我が家のご近所さんで、ちょっと気になる方がいる。
あるご夫婦は先日、町内会の防犯パトロールでご一緒した際の雑談で、定年後は夫婦で日本一周したとか、とてもアクティブに過ごされてきたんだそう。
今でも時々、ご夫婦で自転車に乗って外出している姿をお見かけして、こんな風に年を重ねられるといいなあ‥と、思っていた。
その際、年齢の話になり、何とご夫婦ともに86歳。
もっと若いかと思っていた。
また、ご近所のおじいちゃん、庭木や花を育てるのがとても上手な方。
うちより、日当たりなどの条件は良くない庭なのに、いつも綺麗な花や、みかんもしっかり実らせていた。
年に数回の町内会の一斉清掃の時ぐらいしかお喋りしなかったけれど、庭仕事が楽しげな姿に、いいなあ‥といつも思っていた。
年齢はわからないけれど、ここ数ヶ月、お見かけしないのがちょっと気になっている。
もう一人、気になっているご近所さん。
最初からまさにカッコよくおばあちゃんへ進化中の方だった。
私がこの地に引っ越してきた頃は、紫メッシュが入った髪と明るいルージュ。
服も明るい色を取り入れて、綺麗なおばあちゃんというより、マダム。
そのうち真っ白な髪になり、全部がしっかり白い髪というのもカッコいいなあ‥と思った。(白く染めているのかな‥)
地域の世話役を長くされてきたこともあってパキパキとしていた。
近所で顔を合わせると、挨拶を交わすぐらいの間柄だったが、そういえば、最近お見かけしない。
コロナ禍だったし、あまり気に留めていなかったのだけど、ある日気がついた。
手押し車を押しながら、女の人と一緒に歩いていた小さなおばあちゃんが、彼女だった。
圧迫骨折でもしたのか、背中が曲がり下を向いて手押し車を押している、絵に描いたような地味なおばあちゃんに変身していたので、数回すれ違ったことがあるけれどお互いに気がつかなかった。
何だかショックだったけれど、もしかしたら年齢の壁を超えられず老衰街道を歩み始めているのかもしれない。
そんなことを思うと、今現在、健康で自由に動き回れることに改めて感謝して、老衰街道に踏み込むまでの毎日を大切にしたいと思った。
人によって多少の誤差はあるけれど、『年齢の壁』の存在を感じるお年頃になったと、しみじみ思う。