好きだった給食メニュー‥と言うと、うーん何だろう‥。
やっぱり、世代を超えて?鉄板の、『揚げパン』『カレー』『ソフト麺』かな‥。
昔からあまり食べ物の好き嫌いがない方だったし、子供の頃はいわゆるちゃんとしたご飯よりフルーツやお菓子の方が魅力的でした。
なので、給食に対してあまり思い入れがなくて、強いてあげるならば私は『冷凍りんご』。
りんごを皮つきのまま、4等分して、芯の部分を取り除いてそのまま冷凍してあり、個包装になっていました。
給食の時間には半解凍状態になっていて、『冷凍みかん』と並んで夏場に嬉しい冷たいデザートです。
6歳違いの夫には、『何それ?』と、言われましたが。
給食の人気メニューの話になると、年齢の違いが微妙に出てきます。
アラ還世代以上で必ず出てくるのが、『揚げパン』『クジラの竜田揚げ』。
揚げパンの方は記憶にありますが、クジラの竜田揚げはあまり記憶にないのです。
夫は、好きな給食メニューだったし家でもよく食べた‥と、言っていました。
クジラは今では高級食材ですが、その昔は、給料日前のお助け食材だったようです。
また、夫と給食の話題になると『脱脂粉乳』が必ず出てきますが、こちらは恐ろしく不味いものの代表選手。
私自身は、実は脱脂粉乳を飲んだことがなく、最初から牛乳でした。最初は瓶入りで後にテトラパックになりました。
これが6年の歳の差なのかなあ‥と、いつも笑い話になります。
給食というと、好きなメニューより最初に思い出すのが『鼻から牛乳』。
やはり小学生の頃で、6人ぐらいで班を作って、机をくっつけての給食タイム。
大抵クラスに1人や2人のお調子者が居て、笑わせられるので、牛乳はある意味、鬼門でした。
いただきます‥の挨拶をしたら、真っ先に牛乳を飲み干さないと大惨事。
後からのんびり牛乳飲んでいると、笑わされて、牛乳を吹かないように口を押さえると、『鼻から牛乳』と、なってしまいます。
今思うと、おバカな小学生でしたが、ほのぼのとした思い出です。
うちの息子達も給食には特に思い入れはなかったようですが、彼らの頃から、お米の給食が増えてきたように思います。
長男は特に白いご飯loveでしたが、それでも『ソフト麺』が出ると、もの珍しかったようで、印象に残っているようです。
一人暮らしを始めて自炊を始めて、業務スーパーにありそうなふにゃふにゃのチルド麺を見かけると、給食を思い出す‥なんて言っていました。
また、よく問題になるのが、食が細い子供に対しての『お残しは許しません』的な指導。
周りの子が食べ終えて遊んでいるのに、一人だけ涙目で食べているなんて、かえって教育的にも逆効果だと思いますが、幸いうちの息子達は、『おかわりじゃんけん』に加わる方だったようでした。
ただ、中学生になると、給食センターで作った松花堂弁当のような給食になったそうで、給食の話題を長男から聞いたことがありませんでした。
給食センターでパートしていたPTAで知り合った人から聞いた話では、夏場は半解凍状態なおかずをお弁当箱に詰めていて輸送中に解凍する給食なんですって。
でも、詰めているパートの身でも全く美味しそうに見えない‥と言っていたし‥。
長男の卒業後、自校調理になったような記憶があります。
その点では次男は恵まれていました。
彼は中学校までろう学校で過ごしましたが、人数が少ないので、管理栄養士さんのこだわりが出ているような給食でした。
幼稚園児の頃は、お昼過ぎには幼児なのに給食で『ニラやニンニクが入った料理を食べました』というにおいがプンプンすることもありました。
ニラやニンニクの量は抑えつつも『お子様味』にはしていなかったようでした。
また、秋になったら、時々さんまがまるまる1尾出てきたようでした。
1クラス5、6人の定員ということもあり、先生がおだてまくってくれたようで、上手に綺麗に食べることが出来るようになったほどです。
寺子屋のような環境だったので、まさに食育もバッチリでした。
彼にとっては好きなメニューより、『給食の時間』の思い出が出てくるようなので、幸せな楽しいランチタイムだったのでしょう。
それでも、『揚げパン』『カレー』『ソフト麺』の時は喜んでいた気がします。
大人になっても給食というと、このメニューを思い浮かべる人って多いと思いますが、人数の少ない小規模校の方が融通がきいたり、地方色豊かなご当地給食の話題を見聞きすると、食生活は給食も含めて地方の方が、豊かなんだろうなあ‥と、勝手に羨ましく思ったりしています。
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